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■生存者ら久闊叙す−記念式典、ミサ、夕食会も−マナウス

11月2日(金)

 高等拓植学校卒業生(高拓生)一回生がアマゾナス州パリンチンス市近郊のビラ・アマゾニアに到着して七十年、その記念式典が十月二十日マナウス市内で行われた。この式典は、高拓生子弟家族と親類が中心となって今年二月結成されたアマゾン高拓会(中島ロベルト・タツオ会長)が開催した。高等拓植学校の故上塚司校長の孫にあたる上塚芳郎氏(四九)とリタ夫人、娘理恵さんが来伯、式典に参列した。当日はミサを午前十時からノッサ・セニョーラ・デ・ナザレ教会で、午後八時から記念夕食会をポンタ・ネグラ街道沿いの会食場ドゥルシアで行った。上塚一家は二十三日にパリンチンスとビラ・アマゾニアを訪問し、パリンチンス日伯協会(猪股エリゼウ会長)主催の記念昼食会に参席した。

 ミサはマリオ・ノジアト神父により午前十時からノッサ・セニョーラ・デ・ナザレ教会でしめやかに執り行われ、亡くなった高拓生とその家族を慰霊した。教会には二回生・故山口諭さんの妻・敏子さん(八七)と四回生・故伊原只郎さんの妻・清子さん(八五)が参列した。
 宮本アデリアさんが感謝の祈りを捧げた。「七十年前に一つの物語が始まりました。高拓生の歴史です。我々のブラジル、アマゾンでの歴史です。
「高拓生はアマゾンのジャングルを切り開くという大きな夢と高い理想を持っていました。高拓家族七十年存続を記念すべき良きこの日に、この世界を創造せし神に賛美を称えます。高拓生はこの地で平和に調和を保ち、障害を物ともせず、現地文化と同化を図り、このアマゾンで日伯の混血文化を築き上げたのです。この理想を実現すべく努力し、本日既に天に召します全ての高拓生に思いをはせ敬意を払います。
「この地で我々と共に歩み続けている高拓生に、その献身的なクリスチャン精神、協力的な姿勢に心の底から感謝の意を表したいと思います。神の恩恵が我々と共にあることを願い、挨拶の言葉とさせていただきます」。
 参列者は共に祈りの言葉をとなえ、賛美歌を歌った。
 記念夕食会は午後八時からドゥルシアで行われ、マナウス市在住の高拓四回生・千葉守さん(九〇)始め高拓生の未亡人や子供、その関係者ら約二百人が訪れた。
 来賓席にはマナウス総領事館の河合弘総領事、上塚芳郎氏、歴史研究家のジョゼ・カミロ・ラモス・デ・ソウザ氏、西部アマゾン日伯協会の村山惟元会長、アマゾナス日系商工会議所の河原崎勤会頭、パラー日系商工会議所を代表して岡島博理事、汎アマゾニア日伯協会を代表して小野重善・第一会計理事を迎えた。
 アマゾン高拓会の中島ロベルト会長は、一回生の故中島敏三氏の子息にあたる。「高拓生は貧しくても子供の教育を優先させました。本日は各州の高拓生代表、高等拓植学校の創設者・上塚司氏の名代としていらした芳郎氏、アマゾン高拓会の名の下に歓迎します。七十周年記念式典を迎え、本日お越しいただいているご来賓の皆様、またこの式典を開催するにあたり、多方面からご支援、ご協力いただきました企業や団体の皆様にお礼申し上げます」。
 続いて上塚芳郎氏が司氏の思い出について語った。「祖父とは一緒に住んでいたが、渋谷の自宅の応接間には恩人の高橋是清総理の肖像画と、神奈川県生田村にあった日本高等拓植学校の絵が飾られていた。横文字の証書のようなものが額に入れて壁に掛けてあり、ブラジル政府からもらった南十字星勲章の賞状だと説明してくれた。中学生になった時、生存者叙勲で勲二等瑞宝章を日本政府から受章した時に語った言葉を今も忘れない。〃自分は国会議員を通算七期勤め、大蔵政務次官をしたので叙勲の対象となった。しかし、日本とブラジルへの貢献で叙勲したのならもっと嬉しかったのだが…〃」。
 歴史研究家のソウザ氏は「大きな経済的貢献を果たした高拓生は当時としてはかなり戦略的な制度であった。サンパウロ州に入ったコーヒー農場の契約移民と比べると、アマゾンの移民は計画的」と分析した。

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