■本国人口より増えたシリア系
現在のブラジルを支えているのは、サンパウロ以南四州の発展だといっても過言ではないだろう。近代的農業、近代的製造業の多くが、そこに位置する。
しかし、前世紀初めまで、さしたる産物がないため、ここはファゼンデイロたちから、捨て置かれた場所だった。そこへ移民が入ることにより、ブラジルは変わった。
外国人の移住が始まった十九世紀初頭、ブラジルの人口はわずか三百五十万人に過ぎなかった。
それから、まずドイツ人、スイス人の移住が始まり、しばらくおいてイタリア人、スペイン人、今世紀に入って日本人やシリア人・レバノン人へと多様化していった。
移住が本格化した一八五〇年からの百年間で、約四百万人が定着した。移住先で繁栄すれば、もちろん人口が増える。
一八七二年から一九七二年の百年間に、ブラジルに移住したアラブ系(レバノン人およびシリア人)は、およそ十三万人だが、現在は七百万人といわれる。シリア本国が三百二十万人だから、その二倍以上になる。
イタリア系にいたっては二千五百万人で、本国外では最大規模のコロニアだ。本国が五千七百万人だから、半分近い。
昨年五月に来伯したイタリアのチャンピ大統領は、TVグローボの連続ドラマ「テーハ・ノストラ」収録現場を訪れ、「疑いようもなく、ブラジルはもっともイタリア精神が維持されている国だ」と言明した。コロニアから母語が減っても、その精神の在り方は残るのかもしれない。
だいたい旧宗主国ポルトガルの人口が一千万人程度なのに対して、ブラジルは一億六千万人強を誇る。
増えたのは人口ばかりではないだろう。この国に生活しているだけで、知らず知らずのうちに、いろんな国・地域のそれを体験している。
ポーランド移民によって持ち込まれたといわれる復活祭の時期に贈るオーボ・デ・バスコア等々、移民とこの国は切っても切れない関係にある。さまざまな移民の歴史の積み重ねが、この国の文化や精神風土を豊かにした。
そして今なお、韓国、台湾、中国、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンなど、移民の波は途絶えていない。
註1 その後、彼はスイスへ帰り、コロノ生活を痛烈に告発する本「サン・パウロ県におけるコロノの処遇」を五八年に出版し、ブラジル渡航に強烈な警告を発した。衝撃を受けたドイツ政府は、ブラジル行き移民を禁止し、七五年にはイギリスの移民局も、ブラジル移住へ反対する態度を表明した。
註2 一七〇〇年以降にアメリカに渡ったドイツ人だけで、入伯移民数を凌駕する五百万人を超える。
註3 一八五八年には南部諸州初といわれる体育クラブが発足し、六三年には「コロニア新聞」も発刊された。現在は「自転車の町」として有名。ロシア以外に唯一のボリショイ・バレエ団によるバレエ学校がある。
註4 被災当初は、政府による堤防改修などで、農業労働者は職にありついた。しかし、八四年に事業が打ち切られると農民の不満が高まり、大規模な労働者闘争に発展した。が、軍隊による徹底した弾圧にあい、一ヶ月で鎮圧された。この闘争を経験した者の多くが、聖州へ移民したため、のちの工場労働者闘争へつながる。
借金を背負った父親の負債を返すために、単身でアルゼンチンに渡った母親を、ジェノヴァに住む少年マルコが訪ねていく物語「母を訪ねて三千里」の舞台背景がこの時代。原文はエドモンド・デ・アミーチズ著「クオーレ」(一八八六年)の一部の挿話。
註5 チズカ・ヤマザキ監督による映画「ガイジン」のラストを覚えているだろうか。ファゼンダから逃げて、聖市の服飾工場で働き始めた、主人公の日本人女性は、労働者の前でアジっているイタリア人活動家と出会うのは、このような時代背景からきている。
註6 この種の学校としては、国内初めてだそう。後に「ビス・コンデ・デ・ポルト・セグーロ高校」の母体になった。
【参考文献】「ブラジル社会の歴史物語」田尻鉄也著 毎日新聞社1999、「ブラジルの軌跡」ジョゼ・H・ロドリゲス著 新世界社1982、「近代ヨーロッパの探求@移民」山田史郎・北村暁夫・大津留厚・藤川隆男・柴田英樹・国本伊代著 ミネルヴァ書房1998、「ブラジルの移民問題」サンパウロ人文科学研究所1954、「ブラジルにおけるドイツ移民及びその子孫」カルロス・フォーテ著 ハンス・スターデン研究所(サンパウロ人文科学研究所 編集・翻訳1986)、「Brasil
Povo e Instituicoes」T. Lynn Smith /Edicoes Blo-ch 1967. 「Historia
da I-migracao no Brasil---As familias」Servico Nac-ional de Divulgacao
Cur-tural Brasileiro、Veja誌2000年10月4日付アラブ系移民特集およびエスタード・デ・サンパウロ紙2000年5月記事、各コロニア関連ホームページより。
9月14日(金)
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