マット・グロッソ・ド・スル州(南麻州)ドウラードス市から約七十五キロ、聖市から西南方向に約千キロ、パラグアイ国境まで百二十キロという場所にある松原植民地。今年は同地へ移住が始まって五十六年。戦後移民再開に貢献した故・松原安太郎(和歌山県出身)の名前を冠した移住地には、現在も日系人五家族が住居を構えている。和歌山県人を中心に六十九家族が移住したが、現在では初期入植者は二家族(三人)を残すのみになった。二〇〇八年六月に現地を訪れた折に現状を聞き、植民地の歴史、現状をまとめてみた。(坂上貴信記者) 連載〈1〉=今も残る初期移民 那須夫婦=昨日のように思い出す大霜 連載〈2〉=戦後初の南伯移民=『頑張れッ』各地で歓迎 連載〈3〉=松原安太郎の素顔=「虎のような髭をはやした優しい人」 連載〈4〉=松原とヴァルガス大統領=知られざる親交の深さ 連載〈5〉=日本で松原手伝った梅田さん=「移民事業は国のためだが、親不孝」 連載〈6〉=陸の孤島ドウラードス=山伐りの費用を援助 連載〈7〉=マ州一の発展遂げる=盛大だった入植3周年 連載〈8〉=入植者の資金援助に奔走=小野さん「ここはパライゾさ」 連載〈9〉=移民の生活支えた片山氏=功績伝える「カタヤマ街」 連載〈10〉=今も残る日本人会館=植民地の盛衰見つめ 連載〈11・終〉=植民地見つめ続けて半世紀=西尾さん「カフェは自分の子のよう」