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特派員エッセー

ニッケイ新聞 2008年6月18日付け

第七回【笠戸丸移民百年目の答え】
石田博士 朝日新聞サンパウロ支局長(37、岡山県出身、05年9月着任)

 地球の反対側に移り住んで、なお残る「日本人らしさ」とは何か。
 学生時代に日本ブラジル交流協会の研修生としてサンベルナルドドカンポで一年を過ごし、日系社会に触れた私は、その問いがずっと心から離れずにいた。
 記者としてブラジルに戻って迎えた移民百周年は、その問いへの答えを見出す好機だ。私は笠戸丸移民の足取りを調査していた赤嶺園子さんに同行するなどして、その子孫をブラジル各地に訪ねた。
 そして聞いた。「あなたにとってジャポネスであることとは?」
 笠戸丸が運んだものが一世紀かけてどう変わり、また変わらなかったのか、知りたかったのだ。
 その一人、カンポグランジの医師、二世のニウトン・ヒガさん(55)が働く診療所には「見てもらうならジャポネスのところで」と願う患者が詰めかける。
 「先祖からの信用があって患者が信頼してくれる。それに応えるには自分の技量を高めないといけない。だから私は一生懸命学び、最良の仕事をする」
 そしていった。「ジャポネスであることは、正直さ、勤勉さ、忍耐強さを持つということです」
 彼だけではなかった。
 日本語が話せない人も、混血して浅黒い肌の人も、口をそろえていった。
 「ジャポネスとは教育、正直さ。それを受け継いできたし、これからも受け継いでいく」
 私は胸を打たれた。
 移民百年史の編集に取り組む森幸一サンパウロ大教授は「日本と異質な近代を歩んできたブラジル移民の歩みを知ることは、日本の人にとっても、自らの近代化の歩みを振り返り、日本という国や日本人のあり方を点検することにつながる」と語る。
 日本と異質な近代とは?
 ブラジルという国は大空襲、原爆、地上戦を体験しなかった。台風、地震などの自然災害もない。
 その代わり、日本人移民は、世界中の民族が混じり合うこの異国で、言葉も分からぬ中で必死に働き、自らの基盤を一からつくりあげてきた。
 苦境の中、移民を支えたのは「子どもにきちんとした教育を受けさせたい」という思いと、「約束は守る」「うそはつかない」という信条だった。
 そうした日本人の持つ「美徳」が今、この移民国家で高く評価されている。この一世紀の経験は、日本にとっても大いに参考になるのではないか。
 無から有を生み出した移民と同様、資源も国土も乏しい日本が国際社会で生き残り、尊敬を得るためによりどころとすべきなのは、やはり教育への熱意と労働に対する誠実さなのだ。我が国は謙虚に、その原点に立ち戻るべきだと感じる。
 今の日本をみれば、ブラジルほどではないものの社会内の格差が広がっている。特に教育や労働環境、医療においても「自由化」の名の下に格差が広がり、国民の一体感が失われているのは憂うべき事態だ。
 さらに深刻だと感じるのは、インターネットの進展の中、社会の変化に追いついていけるのは一部の若者たちだけになってしまっていることだ。親や祖父母の世代が子どもに何を伝えるべきか自信を喪失し、また子どもも、もはや古い世代から学ぶことはないと過信しているようにみえる。
 だが目の前で起きる変化などは猫の目のように変わる一瞬の流行に過ぎない。そして過去に学ばぬ者は過去と同じ過ちを繰り返すだろう。
 笠戸丸移民の子孫の1人が言った。「極端に言えば、親がきちんと子どもを育てなければ、日本で生まれ育ったとしてもジャポネスではなくなってしまうのかもしれない。

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ニッケイ新聞は、ブラジル国サンパウロ州サンパウロ市で発行されている、移住者や日系人・駐在員向けの日本語新聞です。


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