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特派員エッセー

ニッケイ新聞 2008年

第四回【移民にしか詠めない名句】
濱西栄二 NHKサンパウロ支局長(37、神奈川県出身、07年6月着任)

 サンパウロに赴任してきて、ひどく胸を打たれた句がある。「身ごもって 決意新たに 移民の日」という俳句で、どなたが詠まれたものか残念ながら承知していない。
 しかし作者は、おそらく六月十八日の移民の日の頃に、妊娠が分かった女性であろう。そして妊娠を機に、やがて生まれてくる子供とともにブラジルの大地で生きる決意を固めたのだろう。
 そこには少し迷いもあり、ともすれば折れそうになる心を奮い立たせている、という情景が目に浮かぶ。
 わずか五七五の短い語句から、これだけのイメージを呼び起こす俳句は、まさに日本文化の粋と言えるが、ある時、俳句を習っているという、三世の女性に会う機会があった。
 彼女は日本語を流ちょうに話すのだが、先生から与えられたお題に沿って、五七五に語句を並べるのに四苦八苦していた。
 日本語の勉強という面では素晴らしく効果的な方法だと感心しつつも、好きなように詠めば良い、うまい下手は問題ではなく、ありのままを素直に表現することが大事だと助言した。
 移民の方々は、そうやってこの百年を俳句でつむいできたのだから。
 「移民来る 十二埠頭の 子沢山」。サントスに来ると、いつもこの句が頭に浮かぶ。「夕ざれや 樹かげに泣いて 珈琲もぎ」。カフェジーニョの苦みが口に広がる。「ブラジルの 大地を信じ 種を蒔く」。信じることだけが支えだった頃もあっただろう。
 「豹吼ゆる 森深く罠 かけにけり」。ブラジルの原始林は深く、暗い。「コロニアに ないものはなし 新豆腐」。創意工夫が、手に入る素材で日本の味を再現させた。私も夜な夜な、リベルダージでこの恩恵に浴している。「外国に 老いゆく我や 日向ぼこ」。この光景は、本当にブラジルで良く見かける。
 こうした数々の名句は、コロニア文芸とでも呼ぶべき域に達している。
 移民という経験を経た人にしか詠めない句、ブラジルの大地と格闘した人のみが持つ迫力が、技巧に走った日本の句を軽薄なものに感じさせる。
 これらは、日本語の達者な一世の方々が詠んだ句かもしれない。しかし二世、三世、あるいは五世、六世にしか詠めない句があるはずだ。体に流れる日本人の血と、自らを育んでくれた大いなるブラジルとの狭間で揺れる人達にしか詠めない心情がある。
 「母の日の ひらがなだけの 便り読む」。なるほど、日本語を話す子孫が減るのは淋しいかもしれない。でも、ひらがなだけの句でも良いではないか。私は、五七五の語句と格闘する日系人の皆さんが愛おしい。
 ブラジル日系社会が、今後の百年を俳句でつむぎ続けることを願ってやまない。
 ここで拙句を一つ。「五月過ぎ 老いも若きも 百周年」。センスなし…。

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ニッケイ新聞は、ブラジル国サンパウロ州サンパウロ市で発行されている、移住者や日系人・駐在員向けの日本語新聞です。


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