私の派遣されたコロニアピニャールは、サンパウロ市より南西百七十キロの地点にあり、約六十世帯、四百人の人々が住む日系植民地である。村では主に、葡萄、びわ、柿、なしなどが生産されている。
私が初めて、ここの土を踏んだ五ヵ月前、ガタガタとゆれる車の中で、わたしはこれから始まる新しい生活にわくわくしていた。
サンパウロから、車に揺られ、にぎやかな町並みを抜けると、目の前には、ただただまっすぐにのびる一本の道、左右には濃い緑色をした林が続いている。道はコンクリートから赤土へと変わっていく。
この景色をみて、期待していた以上の環境だとうれしくなった。つい最近のように感じるが、それももう四ヵ月もまえのことだ。
村から隣町のサンミゲル・アルカンジョまで約二十五キロ、家から最寄りのバス停まで約五キロ、村にはショッピングセンターはもちろん、スーパーもない。
一見、とても不便そうに思われるこの村だが、わたしにはこの環境が心地よい。町のような便利さはないが、のどかで、自然の美しさを感じることができるからだ。
なんとも表現できないほどきれいな空。晴れた昼の空も、夕方の真っ赤な空も、満点の星空も。そして、青々と生い茂る木々にも魅了されている。少し高台まで行くと、目の前に広がるこの大地の雄大さに思わず息をのんでしまう。
朝晩には、白鷺の群れが空を舞い、特に夕方にはその白い体をピンク色に染める。最近では家の前を蛍が飛ぶようになり、また新たな美しさを発見した。
日本にいた頃は、「生きる」ということがなんだかすごく難しい哲学のように感じられた。書店には「生きるとは何か」のような類の本が並び、まるで永遠に解くことのできない謎々のようである。
が、ブラジルの空の下で、この雄大な景色を眺めていると、「生きる」ということがとてもシンプルなことのように思えてくる。ここにいる虫や、動物、花と同じように、今を生き、土に返っていく。
そういうことなんだとブラジルで出会った人々の笑顔が教えてくれているような気がしている。だからこそ、今の素直な気持ちを大切に、今を大切にしようと思わされる。
私は今、コロニアピニャールというこの村と密着した生活を送っている。そう、まさに地域と密着した教育活動をすることが今の私の目標である。あと一年と七ヵ月。
今できることをこなしていくことが、未来につながると信じ、がんばっている。小さなことからこつこつと。そんなことをよく母に言われた。これから、どれだけの活動ができるのか、わくわくしている。初めてピニャールに来たときとはちょっとちがうわくわくだ。
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【職種】日本語教師
【出身地】岐阜県瑞穂市
【年齢】26歳 |