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■海を渡ったサムライたち―日伯セレソン物語(13)―三都主アレサンドロ−1−プロの父持つ「親子鷹」−スタジアムを遊び場に育つ

6月14日(金)

 「自分が出場していたとしても、ここまでの喜びはなかったよ」
 サンパウロから西に離れること約七百キロ。パラナ州マリンガ市の自宅で、ウイルソン・ドス・サントスは一家の夢が実現した喜びをしみじみとつぶやいた。
 日本代表の左サイドの秘密兵器、三都主アレサンドロを、サッカーの道に導いた父だ。
 歴史的な初勝利を挙げ、決勝トーナメントを目指す日本代表の中で、唯一の「親子鷹」。互いにプロの世界を知る二人が、三十年かけてたどり着いたひのき舞台で、三都主は父の夢も背負いながらピッチを駆ける。
 ウイルソンが目指したカナリア色でなく、青のユニフォームに身を包むが、「セレソン」として世界に挑む身に違いはない。
 一九六八年にプロ入りしたウイルソンは、十四年間でゴイアスやアナポリーナ、グレミオ・マリンガなど六つのクラブを渡り歩いた。主に右サイドバックとして活躍し、パラナ州選手権での優勝経験もある。
 ブラジル選手権では、ペレーやリベリーノ、トスタンら数多くのクラッキ(名選手)らと対戦した経験を持つ。当然、セレソンに入りW杯への出場を夢見たが、世界は余りにも遠かった。
  ×  ×  ×
 「とにかくいいジョガドールになって欲しかった。それだけを望んだよ」
 七七年七月二十日、マリンガ市でアレサンドロ・ドス・サントスは、ウイルソンと母マリアの長男として生まれた。
 ウイルソンは、幼いアレサンドロに自らの夢を託したが、道のりはごく自然なものだった。
 歩き始めた一歳の頃から、自分の練習や試合には必ず、アレサンドロをグラウンドに連れていった。スタジアム独特の雰囲気を肌で感じ、大きな夢を抱いて欲しかった。
 自宅の一室に今も残るアルバムが、当時のアレサンドロの様子を物語る。
 同じユニフォーム姿で優勝後のウイルソンとピッチに立ったり、八二年スペイン大会のブラジル代表セルジーニョと記念撮影をしたりと、アレサンドロが吸っていた空気はまさしくサッカーだった。
 「ひまさえあればグラウンドにいたんだ。好きにならないはずがないよ」とウイルソンは笑う。
 グラウンドと家でサッカーボールになじんでいたアレサンドロは、三歳ぐらいから自然とボールを蹴り始めていた。
 「親子鷹」の挑戦はここから始まった。
  ×  ×  ×
 スタジアムを遊び場に育ったアレサンドロならではのハプニングも起きた。三歳の時だ。
 ゴイアス州ゴイアニア市であったウイルソンの試合の日の出来事だ。試合前の練習をアレサンドロと見ていたマリアは、夕方の試合開始まで時間があったため彼を連れ、スタジアムから約五百メートル離れた青空市に買い物に出かけた。
 夕食用の野菜や果物を買い終えたマリアは、さっきまで側にいたアレサンドロがいないことに気付いた。
 近くに大きな道路があることから、車にひかれたり、誘拐されたりしたのではないかとマリアは泣きながら名前を呼んで探したが、見つからない。途方に暮れたマリアはウイルソンに相談しようと、スタジアムに戻った。そこには、練習を終えたユニフォーム姿の父に抱かれて笑う息子の姿があった。
 三歳には遠すぎる道のりを一人で戻ったことにマリアは驚いた。
 「市場からスタジアムの照明が見えていたのよ。いつも主人とスタジアムにいたので、照明に向かえば会えると思ったのよね」
 サッカーを通じた父と子の結びつきを笑いながらマリアは語る。
    =敬称略=続く
    (下薗昌記記者)


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