■コロニア ニッケイ社会 ニュース

2001/09/18(火)



■スザノ福博村入植70年記念し式典―関係者300人が参加―福博小学生徒たちと交歓

 スザノ福博村入植七十周年記念式典が十六日午前十時から、スザノ市の福博村会会館で開かれた。入植七十周年に当たり今年、福博村では年間を通じて数々の記念行事を行なってきた。今回の記念式典がそのメインの行事となる。式典にはスザノ市長をはじめ多くの来賓が訪れた。村を離れた人の中には、今はもう連絡の取れない人も多い。この日に合わせて、村の内外から三百人以上が参集、旧交を暖め合った。

 先没者への黙とう、日伯国家斉唱に続き、上野ジョルジ会長が開会の辞を述べた。上野会長は先人の功績をたたえるとともに、「一連の記念行事の最後を飾るこの式典が私たちの心に残る一ページになることを願います」とあいさつした。村の功労者三十二人と七十五歳以上の高齢者五十六人に賞状と記念品が贈られた後、エステボン・ガルボン・デ・オリベイラ・スザノ市長ほか来賓が祝辞を述べた。市長からは日系コロニアがスザノ市の発展に果たした貢献に対して大きな賛辞が贈られた。
 午後からは「福博小学校『昔との出会い』」と題したプログラムが催された。大浦文雄村会顧問が福博小学校の歴史概略について講演した後、かつて福博に学んだ卒業生と現在の福博小学校児童たちの交歓の場が設けられた。戦前の小学校について尋ねられた卒業生の一人は「立派じゃないけど、いい学校だったよ」と当時を振り返るように答えていた。
 壇上の卒業生たちがかつての福博小学校校歌「青垣山」を合唱した。会場の老人たちは懐かしそうに拍子を取っていた。最後に会場全体で「春が来た」、「蛍の光」を合唱した。その後はアトラクションの部に移り、福博剣道部の演武、福島県人会スザノ支部による太鼓のほか、福栄会、青年会、日語校生徒や婦人会により様々な出し物が披露された。
 式典に合わせ、会場の外では写真展、昔の生活用品を集めた野外資料館、福博出身の画家森部剛夫さんの絵画展も同時に開かれた。ある人は往時を懐かしむように、また子供たちは新鮮な眼差しを向けながら、並べられた資料を前に足を止めていた。


■強い日本への思い―ソウザさん、係わり14年―サントスの語学学校―生徒も日系人少数―日語教師は非日系人

 サントスの「エスコラ・デ・イディオマス(コンセリェイロ・ネビアス通り、三四八番地)」は、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、日本語を教えている民間の語学学校だ。大多数が英語を習う生徒の中で、少数の生徒が日本語を習っている。この学校で日本語を教えている先生は、非日系人のジョゼ・アデルソン・デ・ソウザさん(五九)だ。サンパウロ州法務関係公務員協会(AOJESP)で第一会計を務める傍ら日本語を教えている。ジョゼさんは二十九年の姉妹都市関係である、サントスと長崎の親善大使役でもあり、これまで五回訪日している。長崎、下関、東京、福島を訪れたことがある。一九九〇年九月十二日には、当時の本島等長崎市長から名誉市民の証を授与された。
 ジョゼさん自身が日本語を習い始めたのは、一九八七年からだ。日系人のフジイヒデコ、アラシロソニア両氏に師事した。
 ジョゼさんが日本文化に興味をもったきっかけは、子供の頃に逆上る。かつて、サントスには漁業関係の仕事をする日系人がたくさんいた。父親が海軍の事務所で仕事をしていた関係上、日系人と接する機会が多く、同世代の日系人の友達がたくさんいた。一九八八年に開催された日本移民八十年祭で、友人の渡辺ラウル弁護士から上新日本人会会長を紹介された。その際、ジョゼさんの日本に対する思いの強さや、それまでの功績を知った会長は、日本文化を普及する役目を担うように勧めた。それからさらに日本語の勉強を積み、現在は、教える側に立つまでになった。教え初めてから約四年が経つ。
 授業は、毎週水曜日午後三時から五時、五時から七時までと、木曜日午後七時から九時までの三部に分けて行っている。十五歳から六十八歳まで約三十人がそれぞれの授業を受けている。非日系人が生徒の大多数を占めている中で、五人の日系二世、三世も勉強している。日本語を習い初めて一カ月から二年までの生徒がいる。
 生徒が日本語を習い始めたきっかけは実に様々だ。非日系人のタマラさん(一三)は、「テレビで放映されるアニメや漫画を見て、日本語に興味をもった」という。非日系人で同じ理由をあげた人が多数いた。「となりのトトロ」に登場するキャラクターを筆箱で使用するほど、日本の漫画を愛好している人もいる。日系三世のフェルナンダさん(一八)は「来年、日本に出稼ぎに行くから」と語った。「夫が日本に出稼ぎに行っているから」という非日系人の妻の声もあった。日系三世のプリシーラさん(一五)は「おばあちゃんと話していてもよく分からないので、話ができるようになりたかった」と述べた。
 授業内容は、会話を主体としたものだ。ジョゼさんが話す日本語を書き取る練習、口頭による質疑応答の練習を行っている。ジョゼさんが書にした文字を見せて、簡単な漢字を読む練習もしている。生徒達の日本語の発音はとてもよく、ジョゼさんの教授方法の成果が現れている。 
アニメなど、今まで想像も及ばなかった部分から、密かに日本語の需要が非日系人の間でも高まっている気配だ。ジョゼさんは週末、リベルダーデの小野書店に定期的に通うなど、日本の空気に触れることを心掛けている。今や日本語を教える人は、日系、非日系を問わない時代が近づいている。



■ルラPT名誉総裁講演―平等社会実現を主張―テロに抗議、米国民に哀悼

 ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ伯国労働者党(PT党)名誉総裁が十四日、サンパウロ市内で開かれた商議所昼食会で『最近の伯国情勢とその展望』と題して講演した。ラテンアメリカ最大の左翼勢力の頂点に立つルラ名誉総裁は、「PT党は、ブラジルに住む飢えた五千万人の口を満足させるために、市場の外に置かれた人々のことを議論する」と渋い声で熱弁をふるった。ジャンパーを脱ぎ背広姿にネクタイを締めたルラ名誉総裁は来年三月、大統領選挙に打って出る。責任政党の事実上の党首総裁を意識した自信に満ちた演説だった。。
 ペルナンブコ州からサンパウロに着いて、少年ルラ総裁が最初に働いた先は、アントニオと呼ばれる日本人が経営する洗濯屋さんだった。十二歳の時で、約三年間いた。洗濯屋はイピランガにあり、アントニオさんは自分の子供のようにかわいがってくれた。日本語を教えてくれたが身につかなかった。
 PT党は日本企業の皆さんと連帯したい。文化の異なる人々同士が、緊密に対話することは偉大なことだ。
 米国のテロは民主主義に対する挑戦であり、断固として拒否したい。米国民に心から哀悼の意を表す。
 PT党は一九八〇年に設立された。サンパウロのABC地区を中心とする組合の運動家、カトリック教会、学生運動家、知識人、民主主義運動を推進するグループなどが集まってつくられた。PT党史をひも解くと、当時、カルドゾ大統領も民衆を代表する政党としてPT党の設立の必要性を説いている。PT党は現在、ラテンアメリカ最大の左翼勢力にまで発展した。PT党は外資を排斥するとか、過激な政党だとかいった類いのPT党に対する中傷は、PT党に対して抱く恐怖心からくるものだ。これらの中傷は正鵠を射ていないと、人々は気づきはじめている。
 一九九〇年に誕生したフェルナンド・コロル大統領は史上最悪の大統領だ。同大統領は、PT党に対する恐怖から生まれたものだった。
 ブラジルは、国内総生産(GDP)で世界ランキング十番以内に入る経済大国といわれている。にもかかわらずブラジル国民のうち五千万人が飢えているか、バランスの取れた食事を取っていない。PT党はこの五千万人を対象に議論する。PT党は、農民を一人も殺すことなく農地改革できる唯一の政党だ。PT党は、ブラジルに何を欲しているか自覚している。
 ブラジルは均一ではない。地域による経済格差は非常に大きい。東北伯の文化レベルはまだ中世といってよい。このようにブラジルにはまだ、忘れ去られた地域がある。もしブラジル国民のすべての人が毎日一杯の濃縮ジュースを飲んだら、濃縮ジュースは他国に輸出できなくなる。ブラジルは輸出ばかりを考えてきた。ブラジル国民の口から物を取って、それを輸出に回してきた。まず国内市場への供給を満たしてから、輸出を考えるべきだ。PT党は社会的平等、経済格差の均等化を主張する。



■自然破壊瞬時に判明―環境教育センター落成

 環境教育センターの落成式が十三日、サンパウロ州ジャカレイ市のコチア農業学校で行われた。センターは、同学校を経営するオイスカ・ブラジル総局(高木ラウル会長)が経団連自然保護基金から無償で資金助成を受け完成した。環境教育の対象はパライバ地域の住民とコチア農業学校の研修生。同校では現在、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、パラグアイ、コロンビア、ブラジル東北各州、日本の留学生たちが研修している。センターは経団連の同基金から初年度、四百五十万円の助成を受け施設を建築した。センター建設は三年計画で推進されており、今年度も設備拡充を目的として二度目の助成を申請する。
 落成式にはマルコ・ソウザ・ジャカレイ市長、エリアナ・マシャド聖州パライバ地域担当文化局長、渡辺忠オイスカ・インターナショナル理事(サンパウロ駐在)、柴田稔コロンビア日系人協会顧問、ジャイロ・サンジョゼドスカンポス市農業局長たちが出席、記念プレートの除幕式が行われた。センターのコンピュータは、アメリカの地球資源探査衛生ランドサットから送られてくる情報を受信することができる。同衛生には赤外線カメラが搭載されている。センターのコンピュータは瞬時に、パライバ渓谷はじめ地球全体の環境状況を映し出すことができる。オイスカ・ブラジル総局では、「環境問題に関心のある方は、だれでも気軽にセンターにお立ち寄りください」と来所を呼びかけている。
 経団連は一九九一年四月、経団連地球環境憲章を発表した。九二年五月、経団連自然保護基金運営協議会が設置され、経団連自然保護基金が設置された。


■米国テロ後の―日航1番機無事到着―着陸と同時に歓声と拍手

 米国テロ事件後の一番機日本十五日発の日航64便が十六日午前七時半、無事グァルリョス空港に到着した。同機が着陸すると同時に機内から大きな歓声と拍手が沸き上がり、乗客はお互いに肩を抱き合って無事を祝福し合った。
 ニューヨークから乗ったブラジル人客が多く、その中に渡辺和夫元最高裁判事の家族三人の姿も見られた。渡辺さんはニューヨークのケネディー空港からアメリカン航空で帰伯する予定だった。急きょ日航の航空券を自費で買い、同機に乗り換えた。〃戦時下〃であることを理由に、アメリカン航空からの航空運賃の払い戻しはなかった。
 日本からの乗客の一人本紙の中野光雄営業部長は、「ケネディー空港には十五日午後六時半ごろ着いた。空港で一時入国させられ、厳しい身体チェックを受けた。機内では、米国当局の指示でフォーク・ナイフはすべてプラスチック製に変更する旨、放送があった。世界貿易センタービルがあった辺りからまだ煙りが高々と立ち上っているのが見えた。遠くに林立するビル群の中で、そこだけがくしの歯が欠けたように陥没し、テロの激しさがうかがわれた。太平洋戦争で米軍機が非戦闘員のいる東京を空襲したときのことを思い出した」と、緊張した面持ちで報告した。


■劇団『新波』も出演―汎サ・アマーロ連文協文化祭

 汎サント・アマーロ連合文化協会(中村政喜会長)主催の「第七回文化祭」が、二十三日午前九時から、サント・アマーロ日伯文化体育協会会館(ビガリオ・タッケス・ビテンコウト街二一一番地)で催される。
 当日は三百人以上が参加する予定。京藤間流の竹本悦子さんの指導による日本舞踊、劇団「新波」による芝居、同協会支部内の日本語学校生徒による歌や劇などが披露される。カラオケ大会や、社交ダンス指導者の山本麻史さんによるデモンストレーションも行われる。
 案内に来社した中村会長、田代正美副会長、松本英奥会計は「この文化祭を通して、日本の文化を、これから成長する若い世代に伝えたい」と語った。


■前夜祭は紅白歌合戦―島根県人会45周年祝う

 在伯島根県人会創立四十五周年記念式典が十六日午前十時半からブラジル島根県人交流センターで行われ、約百八十人が出席した。アメリカの同時多発テロによる影響で島根県側の来賓四人は来伯できなかった。四十五周年式典の前夜祭として第二回慈善紅白歌合戦が十五日午後七時から同センターで行われ、観客の審判により紅組の勝利に終った。歌合戦入場者が持参した食料品は、エンブー・グアスー市の保育園カーザ・トランジトリアに寄付される。
 四十五周年記念式典で島根県人会の安達敬之助会長が「今後も前向きに歩もう」と挨拶、去年から行われている青少年交流派遣事業継続のために設けた「鶴賀基金」への協力を呼びかけた。来賓として県連および鳥取県人会の西谷博会長と文協の二宮正人副会長が祝辞を述べた。
 島根県の澄田信義知事からは「在伯島根県人会が記念すべき創立四十五周年を迎えられ、一九九八年に県人会のご尽力により建設されたブラジル島根県人交流センターにおいて、多数の関係者の御出席のもと記念式典が盛大に開催されますことを、島根県民を代表しまして心からお喜び申し上げます」とのメッセージが寄せられた。
 大庭ミトモさんが百歳の特別表彰を、ほか高齢者二十九人が高齢者表彰を受け、元島根県人会会長の岡田喜八さん(八五)が謝辞を述べた。祝賀会では同県人会グァタパラ支部の花笠音頭、婦人部のこれから音頭、青年部の銭太鼓などのアトラクションが行われた。
 前夜祭の慈善紅白歌合戦は青年部(福間エジソン部長)約二十人が中心になって企画した。椎の実学園合唱部の歌で開幕し、十六人の歌手が舞台に登場、ジャンケンで白組先行となり、のどを競った。舞台は地、水、火、空気をテーマに青年部が手作りで背景を作った。歌合戦の合間にはカポエイラやアシェの音楽が組み込まれた。
 当初は四十五周年式典に合わせて島根県庁国際課の永場真氏と山根健太郎氏が留学生・研修員のフォローアップ調査に来伯する予定だったが、延期された。同県人会連絡事務所の岸本喬所長と島根県海外移住家族会の木村武司副会長も来伯できなかった。紅白歌合戦はこの四人に楽しんでもらいたいと青年部は考えていたが、来伯できなくて残念そうだった。


■敬老される側がパワー―鹿児島県人会の演芸会

 鹿児島県人会(田畑稔会長)は、去る八月二十六日、サントアマーロ中央日本人会会館で恒例敬老演芸会を催した。遠くクリチーバからも参加者があった。
 斎藤斉さん司会、天達市雄副会長開会あいさつ、先没者の霊に黙祷、田畑会長あいさつ、池上忍名誉会長祝辞に続いて、七十五歳以上の高齢者百六十九人に記念品贈呈。最高齢者九十五歳の西谷松夫さんが代表して受け取った。
 司会がかわり、谷川清徳さん、梶原八奈美さんの進行で演芸会に移った。四十五を越える演目、舞踊、カラオケなどがつぎつぎ披露された。
 とくに観客に感動をあたえたものに高齢者の出演があった。一人は八十五歳の福永辰一さんの舞踊「千曲川」、もう一人は九十五歳西谷さんの歌「愛染かつら」、三番まで歌い切った。この二人の老人パワーを見る限り、敬老会であるべきが若年者慰安会に変わった感があった。
 最後に行われた県人会によるビンゴでは、ソーラン節の団体踊りに出演したイタペセリカ日本語学校の清水なつみさんが一等のテレビを当てた。また会場いっぱいの聴衆観客に心のこもったアルモッソを用意したサントアマーロ中央日本人会婦人部の人たちに、みんなが感謝した一日だった。


■井上祐見パラグアイー公演30日に決定

 米国のテロ事件の余波により延期されていた本社主催「井上祐見ブラジル・パラグアイ親善コンサート」イグアス公演が今月三十日に開催されることが決定しました。


■徳島県人会留学生、里帰りなど募集

 徳島県人会では、県費留学生・研修生および、母県の高齢者里帰り制度への参加希望者(七十歳以上)を募集している。申し込みは十一月末までに同事務局(電話011-204-4696 貝谷)へ。なお、受付時間は月、水、金曜日の正午から午後四時まで。


■今年もドレミ音楽祭

 ブラジル療育音楽ボランティア協会(入津ジョゼ理事長)主催の第十三回ドレミ音楽祭が、九月十九日午後一時からブフェビッグハウス(コンデッサ・エリザベッテ・ロビアーノ通り二一〇〇番地)で開催される。
 同協会は十六年前に設立された。障害のある人達が、肉体的、精神的な満足を得られることを目標としている。当日は、歌手平田ジョイさんが、特別出演する。憩の園、子供の園、希望の家、ペレイラ・バレット、めぐみ会などが祭りを見に来る。
 現在、協会は活動を広げるため、ボランティアと寄付を募っている。詳しくは、電話572・4339まで。


■高知県人会―恒例の敬老会

 ブラジル高知県人会(高橋一水会長)は、九月二十三日午前十時半から、会館で敬老会を催す。会食、カラオケ、婦人たちの踊りなどで大いに楽しんでもらう。高齢者には記念品が贈られる。


■AEカルバリョ文協演芸会

 ア・エ・カルバリョ文協(古賀光男会長)は、来る十月七日午前十時から、会館で第三十三回家族慰安演芸会を催す。文協主催、婦人会、男女青年会、日本語学校、カラオケ愛好会が後援。同文協は、今年創立四十周年を迎えている。



■刊行物

 ニッケイ柳壇選者、瀬古義信さんが、このほど続続々歌文集『思えるままに』を刊行した。一九九七年、九八年、九九年に詠んだ短歌および、九六年十二月以降に日伯毎日新聞、パウリスタ新聞、パラナ新聞、ニッケイ新聞に発表した随筆が収録されている。「続続々」とあるように、四冊目の歌文集。瀬古さんは八十七歳。あとがきのなかで「今まで何回かこれが最後といいながら、何冊かを――」を書いているが、実際には創作意欲ますます盛んで、収録短歌のなかに「数多き孫の名前を間違えどアルツハイマーと我は思わず」という作品がある。


■赤川威陽氏死去

 ツニブラ・トラベル会長。聖市アインシュタイン病院に入院中だったが、十六日午後一時半、心不全のため死去、九十二歳。愛知県豊橋市出身、一九三三年に渡伯、海外興業支店に勤務のあと、四八年、日伯交通社(現ツニブラ)を創設、日系旅行社の先駆として活躍した。故人は温厚篤実でだれからも好かれる人柄であった。
 昨十七日午前十一時からモエマ地区モルモン教会で告別ミサが行われ、ゲッセマニ墓地に埋葬された。



  
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