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日系社会ニュース

2007年2月2日付け

どっちが赤信号だったか=湖西市の女児死亡自動車事故=パトリシア父、沈黙破る=真っ向から食い違う主張=四枚につづった真実

 「信号が赤なのに突っ込んできたのは向こうの方だ」。一年あまりの沈黙を破り、フジモト・パトリシア容疑者の父親ロベルト氏が一月三十一日午後、聖市南部の自宅前の路上でニッケイ新聞の取材に答え、一時間半にわたって堰を切ったようにしゃべった。日本の警察の調べと真っ向から対立する主張をA4用紙四枚にわたって書きつらねており、ロベルト氏は何度も「これが真実の話だ」と繰り返した。本紙では静岡新聞の協力により、遺族の山岡理恵さん、浜松の人材派遣会社、所轄警察のコメントも合わせて掲載する。
 〇五年十一月、静岡県湖西市の交差点で衝突事故が起き、母親の運転していたワゴン車に乗っていた山岡理子ちゃん(当時2歳)が死亡。追突したフジモト・パトリシア容疑者(32)は現場で警察の事情聴取に応じた数日後、一緒に住んでいた家族と共にブラジルに突然帰国。その後、国際指名手配された。
 父親は「だいたいパトリシアの小型車がぶつかって、どうしておっきなワゴン車の方が転がるんだ。物理的に考えたっておかしいだろ」とまくし立て、相手方の運転ミスを示唆する。あくまで「パトリシアの車の方が青信号だった」と一方的に娘を擁護する。
 これに対して、山岡理恵さん(41)は「自分と後部座席にいた夫が信号を見ていた。自分は二回、信号を確認した」という。新居警察署の調べでも、パトリシア容疑者の信号無視については複数の目撃がある。
 さらに父親は「本当は夫が運転していたのに、なぜか妻が運転していることになっている。もしかして前の日に祭があったようだから飲酒していたからでは」との娘の推論を代弁する。
 これに対し、山岡さんは「自分が運転していたことに間違いない」と断言。警察でも、複数の目撃者から「女性が運転していた」との証言を集めており、運転していたのは理恵さんに間違いないとの判断を下している。
 事故後すぐにブラジルに戻ってきた理由を、「事故の二〜三日後、娘二人が派遣会社から突然解雇を言い渡され、一緒に住んでいたアパートからも出るように命令された。これは外国人に対する差別だ。娘たちはその月の給料ももらっていない。日本で唯一の頼りは派遣会社。そこから追い出されたら路上生活するしかない。途方にくれ、他にどうしていいか思い浮かばす、ブラジルへ戻った」と説明する。
 さらに「あまりに突然のことで、自費で買った冷蔵庫やらレンジなどの家財道具はもちろん服すらもそのままにして帰ってきた」。ロベルト氏は「事故現場や病院で警察と話をしたから、もうこれ以上はないと思っていた」という。さらに「帰国する決断をしたのは自分だ」と認めた。
 ニッケイ新聞からの「ほかの派遣会社に移って様子を見ることは考えなかったのか」との質問には、「それはまったく思いつかなかった」とし、「我々は派遣会社だけが頼りなんだ。そこから追い出されたら、もうお手上げなんだ。空港しか思いつかなかった」と説明した。
 これに対し、パトリシア容疑者らを雇っていた浜松市の派遣会社は「本人たちが何も言わずに荷物を置いていなくなった。解雇はしていない。いなくなったから給料は払えなかった。アパートから出て行けと言ったことはない。逆に、アパートに待機し、警察の調べに応じるように指導した」と反論する。
 ロベルト氏によれば、パトリシア容疑者は聖市内の親戚宅に住み、売り子などをしているという。
 父親は「必ず真実を見ていた目撃者がいるはずだ。ちゃんと両側の主張を加味した裁判をしてほしい」と要望。警察情報によれば、目撃者談はいずれも同氏の主張と異なっている。山岡さんも「目撃者の存在を認めるなら、目撃者の話を信じてほしい」とのコメントを寄せた。

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ニッケイ新聞は、ブラジル国サンパウロ州サンパウロ市で発行されている、移住者や日系人・駐在員向けの日本語新聞です。


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