八月は毎週末に近郊の各町で行われる「お盆」の集まりに町ぐるみで参加する。抹香の代わりらしい砕いた線香で「お焼香」をして法話を聞いて、夕飯をいただいた後に満を持して行われるのが盆踊りである。
わたしは日本で盆踊りを踊ったことがなく、地域自治会の人たちの踊りを遠巻きに眺めていただけだった。しかしここではボンヤリ見ているだけでは済まされない。「センセイも踊りなさいよ」と引っ張り込まれる。
「東京音頭」や「炭坑節」といった耳なじみのある曲が次々とかかるなか、見よう見まねでじたばた手を動かしてやっと慣れてきた頃に、場内のアナウンスが流れた。
「次は、コロニア音頭」さすがブラジル。「今日もはりきってトラバーリョ(trabalho)…」など、歌詞に時折ポルトガル語が交じっていておもしろい。日本人移民たちは移住後の生活をも盆踊りに取り入れてきたのかと感心して踊っていると、またアナウンスが。
「次は、ギザギザ」
…?いきなりチェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」が大音量で流れた。あっけにとられるわたし。どこからか若者たちが集まってきて踊り始める。
振りはどう見ても炭坑節だ。しかしみんな大まじめに踊るのでどうやら冗談でもないらしい。その後は何年か前に日本で流行った曲が次々に流れた。「Rhapsody in blue」(DA PUMP)、「夢見る少女じゃいられない」(相川七瀬)、「Automatic」(宇多田ヒカル)、「Shake!」(SMAP)、「ダイナマイト」(SMAP)などで、徐々に振りも激しいものになった。
いつの間にか踊り子たちも大半が若者に入れ替わり、ご年輩の方は休憩している。どちらかというとわたしも若者なので一緒に飛んだり跳ねたりしてみたが、盆踊りとしてはまったく新しい選曲のように思えた。
後日、日本の友だちやJICAボランティア同期にこの話をしたところ、ひどく驚いていたのでやはり一般的に日本で考えられている盆踊りでもないらしい。
これは盆踊りの新しい形なのか、それとも近年日本で流行ったダンス「パラパラ」を取り込んだものなのかはわからない。しかし、世界各地の日系移住地で行われている盆踊りのなかでも、Jポップに合わせた盆踊りはまだまだ珍しいようだ。
海を渡って地球の反対側まで伝わった文化のなかで、今後なにがこの地に残っていくのかはわからない。しかし次の世代が受け継ぐものとして、第一に彼らにとって魅力的でなければいけないとわたしは思う。彼ら自身がその魅力を見出して、自分たちのなかに引き込んでいかない限りは一過性の流行と変わりはない。
盆踊りならぬ「盆ダンス」を踊る若者たちの生き生きした表情を見て、次に彼らは何を自分たちの文化として引き込んでいくのか、そしてどのように自分たち流に新しく作り変えていくのかを見てみたい。
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【職種】日本語教師
【出身地】石川県金沢市
【年齢】27歳
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