私の任地、ここインダイアツーバは、サンパウロからバスで一時間半ほどの、静かな街だ。先住民の言葉で、「たくさんのインダイア(椰子科の植物)」という意味だそうだ。名前のとおり街の入り口には、大きなインダイアの木が風に吹かれている。
配属されてから一年半、この街で何不自由なく生活している。気候も暑すぎず寒すぎず、大都市に近いわりに安全で、暮らしやすさにおいてはブラジル屈指だと、街の人々は口をそろえて言う。
学校まで自転車で十分、毎日通う道は整っていて、よく手入れされた街路樹の緑のトンネルをくぐり抜けるのはとても気持ちがいい。特にカルチャーショックもなく、すぐになじんだここでの生活は、居心地が良すぎて、たまに自分がどこにいるのか忘れてしまいそうになる。
そして、マンゴーの木に実がついているのや、道端に咲くハッとするほど色鮮やかな花を見ると、「そうだ、ここはブラジルだった」と、急に思い出す。
学校では授業やイベントの準備などに追われ、てんてこ舞いのことも多いけれど、生活全般を比べると、やっぱり日本よりも時間はゆっくりと流れているように感じる。これは、そこで暮らす人々の、心の余裕の差なのかとも思う。
ゆったりとした時間の流れ以外にも、ここでの暮らしを好ましく思う理由はたくさんあるのだが、なかでもとりわけ印象的なのは、日本人会や日本語学校の子どもたちが、年齢にかかわらず、みんな仲が良いことだ。兄弟姉妹だけでなく、年上の子が年下の子の面倒を当たり前のようにみている。日本ではあまり見られなくなった光景だ。
また日本人会のイベントでは、朝早くから夜遅くまで、ときには何日も前から準備に精を出す父親や母親を手伝う子どもたちの姿が多く見られる。小さい子から大きい子まで、それぞれが自分のできることを探し、一生懸命働いている。
親たちががんばっていることを手伝うのは、子どもにとって自然なことなのだろう。そういう「当たり前」のことがちゃんと行われていることが、素晴らしいと思う。そうして、未来の日本人会を担う人材が育まれていく。
一世の方たちがだんだんと少なくなり、日本人会の存続を危ぶむ声も聞こえてくる中、そんな子どもたちの姿は、明るい希望を投げかけている。
日本語を教えながら、彼らに伝えることはけっして言葉だけではないのだと知った。
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【職種】日本語教師
【出身地】愛知県知多市
【年齢】30歳
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