コロンビアと聞いてイメージするのはゲリラ・麻薬・コカインマフィア・犯罪大国・サルサにコーヒーといったところが大方ではないだろうか?
確かにコロンビアは大きな治安問題を抱えている。国内には南米最大の左翼ゲリラ組織FARC(コロンビア革命軍)をはじめとする非合法組織が存在する。 私が派遣されて半年の間に、首都ボゴターカリ間を利用した四人の日本人バックパッカーが夜間長距離バスで薬物を使った盗難にあっているし、私たちボランティアはJICAコロンビア事務所に毎日安全確認の電話をすることを義務づけられている。
しかし、「ここ以外で暮らすなんて考えられないなぁ」と移住者に言わせてしまうほど、もろもろの黒い面を上回るすごい魅力を持った国、それがコロンビアなのだ。
コロンビアへの日本人初期移住は、海外興業会社の斡旋により、一九二九年の五家族二十五人を嚆矢として、翌年五家族三十四人、三五年十家族百人の合計百五十九人が農業試験移民として入植している。
戦後にも百五十人以上が移住し、現在コロンビア全土に暮らす日系人は約八百人。ブラジルや他国の移住の規模と比較するとかなり少ないが、大豆やコーリャンなど大規模畑作農業をこの国で初めて確立し、農業で成功している人の割合は非常に高い。その中で私が働くコロンビア日系人協会(町田栄会長)は国内唯一の日系人協会だ。
移住者が多く住むここヴァジェ県はアンデス山系にはさまれた高原で、派遣されたばかりの頃「あっちが西山脈でこっちが中央山脈だよ」と教えられたときは、「私アンデス山脈の間に立ってる!」とひどく感動したことを覚えている。
土地が肥沃、気候は常夏、太陽に恵まれた、農業にはもってこいの土地で、そのおかげでここは二毛作、熱帯フルーツも豊富で日系農家の方々のおかげで日本野菜も食べられる。
私は日本食ももちろん好きだが、サンコチョ、エンパナーダ、モンドンゴ、モルシージャなど(大抵のものが相当脂っこい)、コロンビア料理も大好き。
そのせいか、日本にいるときは痩せてこそいないがそこそこ普通体型だったのが、おかげですっかりカレーニャ(カリの女性というかカリのおばさん!?)体型と化している。
日本から持ってきた服が全て入らなくなってかなり不経済なことをしているが、サルサなどをいくら踊っても、ここにいる間は大きくなり続けそうであるが、それも幸せなことだと自分を納得させている。
人も気候も食べ物も音楽も、どれをとってもここは世界で最も住みやすい場所のひとつではないかと私は思っている。
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【職種】団体事務
【出身地】静岡県藤枝市
【年齢】35歳
今回から「最前線から」拡大版として、南米諸国で活躍するJICA青年ボランティアのエッセイも掲載を開始します。 |