戦後移民のある方と、近頃の日本外交についてお互い頭に血を上らせ気味にしゃべっていて、ふと「この人はなんだってこんなに熱くなるのだろう」と感じたことがあった。
二十代のはじめに日本を出て、以来日本へ行ったのは一度か二度きり、いつもきれいに刈り込んでいるが伸ばせばそれは見事な白髪だろう。古希だから、もうブラジル生活の方がずいぶん長くなる。
とうの昔にブラジル国籍で、「俺はブラジルを愛している」と堂々たる宣言をし、「別に日本に帰りたいとも、行ってみたいとも思わんなあ」とうそぶくセリフになんのてらいもない。 そんならそこまで熱くならなくても、というわけだが、それでも、「日本のことは気になるよ」なのだそうだ。
そこでこの人にとって、「日本」というのは何なのだろう、と考えはじめ、浮かんだ言葉は当たり前すぎてどうかと思いながら、「あなたにとって『日本』は『祖国』ですか?」と尋ねると、「そうだなあ、俺にとって、『日本』は、やっぱり『祖国』だなあ」と返ってきた。
「祖国」という言葉は、難しくもなんともない、小学生でも知っている熟語だし、あえて意味を追及することもなかったけれども、このやりとりをきっかけに少し新鮮なものになった。 たとえば、「祖国」を持っている人が世界にはどれぐらいいて、そのなかで他ならぬ「日本」を「祖国」と想う人はどれだけいるのか。もちろん私にとっても「日本」は「祖国」ではあるが、今の私の、「日本」を「祖国」と想う感覚はとてもぼんやりしたものでしかない。
生まれた国を本当に離れてしまわないことには、強い「祖国」感覚は持ちにくい。それもおそらくは二度と戻らない決意をもって国を出た、あるいは結果的にそうなった人の内にこそその感覚は胚胎し育つのだろう。ここにたくさんいる(いた)人たちのように。
「君が代を聴くと、イノ・ブラジレイロと同じように胸がぐっと締めつけられる」と語る人もあった。この人にとって君が代は、「祖国」の国歌なのだろうか。二世の方だったから、とすると「祖国」感覚の継承ということもあるようだ。
正直言って私にはよくわからない。ただ思うのは、ブラジルを愛している!と同時に日本を気にかけ、どちらの国歌にも感動できる人の存在は、ブラジルと日本との関係にとって貴重だろうという事だ。考えてみれば、我々ボランティアはそういう人たちの社会に貢献するために派遣されているのだったような気がする。
◎ ◎ 【職種】史料館学芸員
【出身地】高知県高知市 【年齢】40歳 |