「レシーフェへようこそ。 レシーフェ日本語学校 2005年7月7日」
白いカードが、バラの花束に埋もれていた。ようやくたどり着いたレシーフェの空港で、六人もの出迎えに驚いた。そして、これまでの人生でもらったことがあったかしら?と思いながら、真紅のバラを受け取った。
それ以来、何か困ったことはないか、寂しくしてはいないかと、こちらの皆さんには、至れり尽くせり面倒を見て頂いている。これで働かなければ、バチが当たるというものである。日系人の少ないノルデスチだが、私の赴任直前に完成した新築の会館を得て、レシーフェ日本文化協会の活動には勢いがあるように感じられる。日本語学校の生徒数(約九十人、全体の八割が成人、全体の六割がブラジル人)も順調に増えている。
ノルデスチの文化は豊かである。カーニバルでは、サンバではなく、フレーボやマラカトゥが主役を張る。ペルナンブコ州旗を模した青と白の衣装で、カラフルな傘を片手に、飛んだり跳ねたり、フレーボは底抜けに明るく、力強い。軽快なフレーボを聞きながら、皿洗いをすると、なぜかすぐ終わってしまう。
マラカトゥには、もう少し、大人の匂いがする。優雅で、軽やかで、きっぱりと揃った太鼓の音に吸い込まれるようだ。二〇〇六年の元旦の夜、オリンダで、フレーボとマラカトゥの野外ステージを見た。これは、本当に良かった。私は、身の程をわきまえず、ダンススクールに入ってしまった。
日本語学校の仕事はやりがいがある。皆に親切にしてもらい、暮らしやすい。時間をぬって、踊ったり、ポルトガル語を勉強したり、満ち足りた毎日を過ごしている。しかし、今、日本は春だ。桜だ。風が暖かくなり、空気は草花の匂いがし、晴れやかな気分になる。春はいい。ここに来て初めて、日本のことを強く思った。帰りたいのではなく、ただ懐かしい。赴任九カ月である。こんな思いを、あるいは数十年こらえてきた方々が、ブラジルにはどれほどおられることか。
空港で頂いたバラの花束はもうないが、白いカードは冷蔵庫に磁石で留めてある。あの日の安心感と喜びと、初心を忘れないために。レシーフェの海も暑さも、とても好きだ。気合を入れ直し、あと一年と数カ月、人々の心に寄り添って、この土地に染まりたい。
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【職種】日本語教師
【出身地】埼玉県所沢市
【年齢】29歳
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