私が活動しているアラカジュは、ブラジルで一番小さな州セルジッペ州の州都で、人口約四十六万人の町だ。カーニバルに先駆けて行われる1月のプレカジュ、六月のサンジョアンの時に行われるフォフォカジュの祭りには、多くの観光客が訪れる海に面した町で、海岸沿いは、リオの海岸を小さくしたようなきれいなところである。
東北伯の文協の多くは、日系人の日本語離れ、日本語学校のブラジル人学生の増加という特徴があり、それでも協会を維持したいという思いから、ブラジル人への日本語学校の開放、日本文化を紹介するイベントなどを工夫しながら協会を運営している。
私が活動を行ったセルジッペ日伯文化協会日本語学校の生徒の大半はブラジル人で日系人の学習者が少ない。ブラジル人は、はじめはアニメを日本語で見たい、日本に行きたいという気持ちで勉強を始めるが、ひらがな、カタカナを覚えるのが大変で、すぐに学校をやめてしまうことが多く、赴任当初、かなり授業を工夫しないといけなかった。
そこで授業に取り入れたのが、「日本の歌」である。はじめ、日本語を勉強しはじめた人でも一つは歌を歌えるようになってもらおうと、「ぞうさん」「はとぽっぽ」などの童謡を教えた。
簡単で面白くないかなあと思ったが、意外に日本の歌を歌えるようになったという達成感があったのか、次の授業に新しい歌を教えてくださいという要望があったので、毎週一曲簡単な曲を選んで教えるようになった。
それから、歌を覚えるのを楽しみになったのか、途中で日本語学校に来なくなる生徒が少なくなった。また、学校は前後期制で一学期ごとの課題曲も作り、一学期間に何を勉強したのかを家族や友達に発表する意味も込めて歌の合唱をする機会を作った。
昨年は前期に「さくら」(森山直太郎)、後期に「島人ぬ宝(しまんちゅぬたから)」(BEGIN)を、今年は「サライ」(加山雄三&谷村新二)を簡単な振り付けをつけ合唱した。
これは好評で、見に来た人も意味はわからないがローマ字で書いた歌詞カードを片手に歌い、日本の歌に触れてもらう機会ができてよかった。私はこの二年間、演歌やテンポの速いJ―POPを含め二十曲以上の日本の曲を紹介した。
赴任前、ブラジルはリオのサンバ、サッカーを毎日している、そして、犯罪が多く、物もそろっていない途上国と言うイメージがあり、まして、聞いたこともなかったアラカジュで二年間きちんと活動ができるのかすごく不安だった。だが、そんな不安もする必要がなかったぐらい、協会の人は親のように支えてくれたし、生徒も冗談の言える兄弟や友達のような存在だった。
私はたった二年の移民体験だったが、百年が経とうとしている日系人の歴史や生活に触れた体験を日本に帰国し、多くに知ってもらう機会を作りたいと考えているし、私の帰国後も日本語学校の生徒には日本語の勉強を続けてもらいたいと思う。私もこの体験を行かして次のステップを踏み出したい。
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【職種】日本語教師
【出身地】奈良県橿原市
【年齢】28歳 |