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■【決勝・ドイツ戦】主力選手ら好調-全員チーム戦術に従う

7月2日(火)


 六月三十日の夜の横浜国際総合競技場。六万九千二十八人が埋め尽くしたスタンドは、およそ八割ほどが黄色に染まっていた。「ガビオンエス・ダ・フィエル」の垂れ幕も見える。
 試合の始まる一時間ほど前、ウォーミングアップのためにブラジル選手がピッチに姿を現わした。ブラジルのサポーターから盛大な拍手が起こる。
 七時四十分、米国の女性歌手アナスタシアが現われて大会のテーマソングの「ブーム」という曲(大会期間中、ほとんど聞いた覚えがないが)を歌い、その歌に合わせて参加三十二ヶ国の旗を持った若い男女が踊るという簡単なセレモニーが行なわれた。そして七時五十分、盛大な拍手に迎えられてブラジル、ドイツ両国の選手が入場してきた。まず、ドイツ国歌の斉唱。続いて吹奏されたブラジル国歌はテンポが速すぎて歌いづらかったはずだが、スタンドのブラジル人たちは必死に口を動かして唱和していた。
 午後八時ちょうど、試合が始まった。
 ブラジルは、累積警告で準決勝を欠場したロナウジーニョが戻っていてベストメンバー。一方、ドイツは司令塔バラックが累積警告で欠場しており、バラックの代わりにハーマンとエレミースがゲームメーカーの役割を担っていた。
 立ち上がりは、両チームとも慎重にパスをつなぐ。やがて、ドイツが早いパス回しからサイドにボールを散らし、ハイクロスをあげてブラジル・ゴールを脅かす。しかし、ブラジルのディフェンダーはゴール前の空中戦でことごとく競り勝っている。GKのマルコスも、相変わらず好調だ。
 前半十九分、ブラジルが絶好機をつかむ。ロナウジーニョがゴール前中央から右のロナウドにスルーパスを出し、ロナウドがドイツのGKカーンと一対一となったのだ。しかし、ロナウドのシュートはゴールの左側に外れてしまう。前半四十分にはクレベルソンがミドルシュートを放つが、これはバーを直撃。前半のロスタイムにはロナウドがゴール前中央からシュートするが、これはドイツのGKカーンに防がれる。結局、前半は両チーム無得点のまま終了した。
 後半に入っても一進一退の攻防が続くが、テクニックに優るブラジルが次第に優勢となる。そして後半二十二分、ブラジルはリバウドがゴール前中央からミドルシュート。これをカーンが弾いたところにロナウドが走り込み、こぼれ球を押し込んで待望の先取点をあげた。
この失点はドイツにとってかなりショックだったようで、ドイツ選手の運動量が落ちた。さらに後半三十二分、右サイドからの低いクロスをリバウドがスルー。後ろにいたロナウドは全くのフリーだ。落ちついて右隅に流し入込んで、二点目をあげた。これで勝負あり。その後、ドイツは懸命に追いすがったが、ブラジルが危なげなく逃げ切った。
 主審のコリーナ氏が試合終了のホイッスルを吹くと、場内から大歓声が沸き起こる。ブラジルの選手とベンチが一緒になって輪を作り、飛び跳ねた。「これほど簡単にワールドカップで優勝できるものか」と思えたくらいにあっけなく、ブラジルの五度目の優勝が実現した。
 試合終了後、ピッチで表彰式が始まる。まず、準優勝のドイツの選手たちがメダルを受ける。ブラジル選手にもメダルが渡されたあと、ブラジルの主将カフーがブラッター会長からFIFAワールドカップを受け取って興奮はクライマックスに達した。ブラジル選手たちは代わる代わる優勝トロフィーを頭上に掲げ、そして歓喜のビクトリーランを始めた。サッカー選手なら誰もが夢見るシーンである。
 七戦全勝で得点十八、失点四。ブラジルは、圧倒的な強さで通算五回目の優勝を遂げた。
 ブラジルの勝因はいくつかある。まず、ロナウド、リバウド、ロベルト・カルロスらのタレントが揃って好調で大会を迎えたこと。特に、四年前のフランス大会の決勝で原因不明の引き付けを起こして散々な出来に終わり、九九年十一月に右ひざじん帯損傷、二〇〇〇年四月には右ひざじん帯を断裂するという大怪我をしながら復活したロナウドの存在が大きかった。リバウドも大会を通じて好調だったし、ロベルト・カルロスも攻守に素晴らしい出来だった。
 ルシオ、エジミウソン、ロッケ・ジュニオールのスリーバックは、グループリーグではディフェンスラインとボランチの中間のスペースを突かれて危ない場面が再三あった。しかし、決勝トーナメント以降はボランチのジルベルト・シルバとクレベルソンが守備面で貢献し、GKマルコスも際どいシュートを何本も止めた。こうして、決勝トーナメント以降の四試合をわずか一失点で乗り切ったのである。
 また、ブラジルには幸運
もつきまとった。まず、グループリーグでの組み合わせに恵まれ、ここで大量得点をあげてチームが調子の波に乗った。また、フランス、アルゼンチン、ポルトガル、イタリアなどが早々と敗退したことから、決勝トーナメントに入ってからも強豪との対決が少なかった。結果的に、過去に例を見ないほど楽な試合の連続で優勝してしまったのである。
 もうひとつ、忘れてはならないのがフェリペ監督の手腕だ。南米予選でどん底の状態にあったときに監督に就任し、最終戦で辛うじてベネズエラに勝って本大会出場を決めた。その後も、「ロマリオを代表チームに入れるべきだ」という声に対し、「チームワークを乱す選手はいらない」として頑なにロマリオの召集を拒んだ。このことによってチームが一枚岩になり、ロナウド、リバウドらのスター選手も相手ボールを懸命に追うなど、選手全員がチーム戦術に従ってプレーした。
 ロナウドもフェリペも度重なる逆境に耐え、勇気を持って自らの信念を貫いた。それが、ワールドカップ優勝という最高の栄誉で報われたのである。

サッカージャーナリスト 沢田啓明

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