■日本食フロンティア食の移住史10)−和菓子−2−まだ小さい市場−業者少ないが競争激しい
6月22日(土)
現在、リベルダーデのスーパーには、彩り豊かな和菓子が並んでいる。その製造者のひとつが、金澤製菓だ。
製造者の数が少なくなったとはいえ、競争は激しい。「賞味期限が短い生菓子だけではやっていけない。最近はクッキーを多く作っている」と話すのは、創業者である金澤ヒデタカさんの妻、栄子さん。長いものでは三カ月の賞味期限を持つせんべい、クッキー、ショコラッテなど、干菓子や洋菓子の生産が増えているそうだ。彩り豊かな生菓子が店の目立つ場所に並ぶ一方、店の奥では干菓子がじっくりと売れるのを待っている。
金澤製菓が製造する洋菓子の技術は、ブラジル人の従業員マリア・ルシアさんによるもの。タトゥアペの料理学校で習って来て、店の二階で作っている。「ポン、ボーロ、トゥルファ、ショコラッテ、何でも作る」という。
店の二階ではもう一人の従業員、ソランジェ・リーマさんが寒天の和菓子を作っていた。リーマさんはおはぎの技術も持っており、金澤製菓のおはぎはリーマさんによるもの。餡などの材料はサン・マテウスにある工場で、ノルデスチーノの従業員が大量に製造している。その餡を米と一緒にしておはぎにするのが、リーマさんの仕事だ。 洋菓子を作るルシアさんと寒天を作るリーマさんが和菓子屋の二階で並んで作業している。金澤製菓では、和菓子だけを作るわけでもなく、日本人だけで作るわけでもない。そこには必死に伝統を守ろうとする姿は見受けられない。
生菓子の需要は個人のほか、供物として寺などが注文したり、茶菓子として茶道愛好家が注文したりと、根強い。商業的な競争の大部分を干菓子が引き受けていくことによって、生菓子の地位は却って安定するかもしれない。
金澤製菓で働く従業員は「和菓子がブラジル人の間に広まるのは、嬉しいことですね」と笑う。確かに、ブラジル人が和菓子を買って行くのも珍しくなくなっている。「和菓子をきっかけにコーヒーより日本茶が好きになったというブラジル人もいる」という。和菓子は、サンパウロだけでなく、セアザを経由してトラックでベレンやマナウスの和菓子屋に出荷される。
しかし、「和菓子がブラジル人の間に広がっている」といっても、それは一部の消費者での話。サンパウロ人文科学研究所の森幸一さんは「味噌、醤油は完全に日系社会の境界線を越えて、ブラジルの食生活の中に入り込んだ。和菓子は広がっているとはいえ、ブラジル人が日系社会に入って来て買ったり食べたりしているに過ぎず、市場は小さい。和菓子業界がもしも日系社会の枠組みを越えて販路の開拓に取り組んだら、おもしろいことになるだろう」と和菓子の可能性を語る。
いつの日か、和菓子が日系社会の手を離れ、ブラジル人の店でブラジルの菓子と並んで売られる日が来るかもしれない。 この項おわり(渡邉文隆記者)
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