■海を渡ったサムライたち―日伯セレソン物語(5)―ジョルジ与那城-2−二部リーグ初の外国人選手−風貌と技術注目集める
6月4日(火)
読売クラブは、日本サッカー界の異端児だった。三菱や古河など企業チームが本流を占めた当時のリーグで、唯一欧州型の「クラブ」としてスタートし注目を集めていた。
様々な職業の選手が集まるだけでなく、ユースなど下部組織を充実させていたことも大きな特徴だった。同ユースから代表選手も輩出している。
一九六九年に創部し、東京都リーグBに加盟。七二年には日本リーグ二部の創設メンバーとなった。
同年七月に、二部最初の外国人選手としてジョルジを招いた目的は、早期の一部昇格だった。
当時、一部リーグではネルソン吉村とジョルジ小林ら二人の日系人を抱えたヤンマーがブラジル旋風を巻き起こしていた。
「早くネルソンと対戦したい」
来日直後の発言は、「トウキョウ」時代の先輩を意識したものでなく、早くチームを一部に上げたいという一心で出た言葉だった。
× × ×
「チグリーニョ」は地球の反対でも健在だった。
異端児揃いの読売でも、ジョルジはより異彩を放つ存在だった。野生児を思わせる浅黒い肌に、長髪のブラジル人は、風貌だけでなく、そのプレーも衝撃的だった。
ブラジルサッカーの信仰者で、ジョルジを呼び寄せた当時の事務局長、笹浪永光は、初練習でディフェンダー三人を置き去りに、シュートを決めたジョルジのテクニックとスピードに舌を巻いた。
七月十六日の来日後、三日目には日本鋼管との練習試合に出場。一部チームを相手に、足首の巧みな切り返しでボールを扱う絶妙の技術を披露していた。特に注目を集めたのが、足の裏でピタリとボールを止めるトラップだった。サンパウロで、兄マコトと技を磨いたサロン式の技術だった。
「レベルは低かったですよ。でも大好きなサッカーが出来るんですから」
サッカー後進国のしかも、二部リーグ。母国とは比較にならないが、幼いころからの夢を実現したことがうれしかった。
唯一、辛かったのは練習の激しさだった。
草サッカー全盛のブラジル育ち。実戦でしかボールを蹴ったことのないジョルジは、走り込みなどの練習には違和感を覚えた。
「ブラジルでは遊びの延長がサッカー。わざわざ練習しないからね」
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サッカーでは及ばないが、両親の生まれた国は、ジョルジにとって夢のような国だった。
行き届いた教育、治安の心配のなさなどが、ジョルジには新鮮に映った。高校卒業後、人口調査のバイトを経験したジョルジは、識字率の低さなどブラジルの負の一面を知っていた。
「全員がきちんと話し、きちんと読み書きする日本はすごいと思った」
両親が話す沖縄弁を聞き慣れていたジョルジは、日本語への関心を高めていく。来日当初から語学学校には通っていたが、二十五歳から、笹浪の紹介で明治大学に留学生として通学し始めた。
日本人の血を受け継ぎ、日本に憧れながらも、彼ののおおらかさはまさしくブラジル人のそれだった。
「JORGE」が本名にも関わらず、クラブは英語風の「GEORGE」と登録。現在でも呼び名は「ジョージ」で通っている。
「何でそうなったのか今でも知らないんっすよ」と豪快に笑い飛ばす。
人生の一大イベントでも同様だ。結婚前日に「モシダージ」時代の監督、パウロ・トモミ・小川と札幌でスキーを楽しんでいた。突然、ジョルジは「明日、東京で結婚式があるのを忘れていた。立ち会ってくれよ」と言いだし、小川をあきれさせたこともあった。
そのおおらかさも、日本で成功した一因だった。
=敬称略=つづく
(下薗昌記記者)
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