■県連南伯2500キロを行く(5)−花嫁≠スちも交流―「ふるさと」に同船者発見
4月17日(水)
ふるさと巡りには、出会いがある。
「花嫁移民、集まれー」。参加者の一人、多川さんが声をかけると、八人の女性が集まった。イボチ移住地でのことだ。
多川さんが花嫁としてブラジルに渡った日から、今年の四月で四十年。ふるさと巡りに参加するたび、かつての「花嫁たち」と交流する。ふるさと巡りのバスにも五人の花嫁がいた。「だんなも一緒に」と、会館の前で十数人が記念写真に納まった。
かつて同じ船でブラジルに渡った人たちが、数十年の時を経て再び出会い、過ぎ去った歳月を思う。同じ船に乗っていたことすら覚えていなくても、「同船」という響きは、人にある感慨を抱かせるようだ。
今回の旅行に参加した古屋さんと佐藤さんは、イボチ移住地に四人の同船者がいたことを知る。一人は同地文協の久保会長。その日は三人との再会を果たした。六〇年のあるぜんちな丸。四十二年後の思わぬ再会に古屋さんは、「こんな偶然もあるんですね。皆さんお元気そうで、安心しました」と和やかな表情を見せた。
さかのぼってサンジョアキンにて。四日夜に開かれた交流夕食会の席上、東隆(八三)、民子さん夫妻は妹の早美さん一家とテーブルを囲んでいた。同市近郊に住む早美さんがこの日、東さんの来訪を知ってご主人の国輝さんと駆け付けたのだ。「三、四年ぶりでしょうか」。娘むこに当たるサンジョアキン農協の飯田組合長も同席していた。翌日、組合見学を終えた東さんは冗談交じりに、「もう会えないかもな」と、飯田さんに語りかけていた。
八日、グラバタルを出発した一行はフロリアノポリスを回り、同日午後、最後の訪問先イタジャイ市に到着した。
同市近郊にあるイタジャイ移住地は、一九七二年に開設された日伯混成入植地。現在六家族が主に野菜の栽培に従事している。同地域に住む日系家族はイタジャイ市と隣のバルネカンブリウ市を合わせ約百家族。イタジャイ日伯協会(佐藤五介会長)は八八年に設立された。非日系を含み約八十家族が加入している。自前の会館はまだないという。
その夜、市内のレストランで同地の日系人を交えた交流夕食会が開かれた。あいさつに立った佐藤会長は、「イタジャイの名が少しでもサンパウロに知られることをうれしく思います」と、来訪に謝意を表した。西谷団長も謝辞を返した。そして「南伯を回ったふるさと巡りも今日で終わり。在伯日系人が交流し、きずなを深める。とても意義のあることだと思う」と、旅を振り返った。
乾杯、そして歓談。ここでも小さな出会いがあった。関口健次郎さん(六五)はコチア青年。移住地で農業を営むかたわら、ウニの販売も手がける。「コチアの集まりにもなかなか参加できなくて」という関口さんの呼び掛けで、三人のコチア青年が集まった。吉田さん、加藤さん、菊地さん。いずれもふるさと巡りの参加者だ。交流会の場所を借りて、即席の同窓会が開かれていた。
宴は進み会場ではカラオケが始まった。最後に「ふるさと」を合唱、ふるさと巡りの一行はサンパウロへの帰途に着いた。
午前三時、バスはレジストロに到着、最後の休憩を取った。着聖後のあわただしさを思ってか、参加者たちは出発間際まで、一足早い別れのあいさつを交わしていた。(松田正生記者)
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