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■再浮上する日伯学園構想−第三部 外国系ブラジル学校をめぐる諸相−(9)−独系教育史@−ドイツ系の勝ち負け=|100年の歴史に見境なき破壊

3月8日(金)

 「教育のナショナリザソン(同化政策)問題≠ヘ、六十五歳から八十歳ぐらいの年代、一九三〇年代に教師や生徒であったドイツ系にとって、ためらいの強い感情を起こさせる。この四十年間というもの、熱心な研究者でさえも、重苦しい沈黙を持って、この問題を取り扱うことを避けてきた」。
 一九九二年九月に、リオ・グランデ・ド・スル州(以下、RS州)のドイツ系最古のコロニア、サン・レオポルドで開催された「ドイツ系の移住と植民」シンポジウムで、ルシオ・クレウツさんが研究発表の冒頭に述べた言葉だ。
 その時の報告集「Naci-onarizacao e Imigracao Alemao(同化政策とドイツ移民)」(Editora Unis-ions[1])には「百年以上も前から政府の承認を受けて、営々と積み重ねられてきた学校や共同体活動は、突然中断させられた。同化政策は、歴史的記憶への幅広く、見境のない破壊をもたらした」と悲しい総括をしている。
 初期のドイツ移民は南部二州を中心に植民活動を始めた。だから教育史の要は南部にある。
 「移民初期から、ドイツ移民の頭痛のタネは、子供の教育だった」(『O Imi-grante Alemao』ドイツ移民!mpressora Parana-ense[2])。
 一八九〇年にドイツのサキソニア州ウェッテンベルグでは、文盲率はわずか〇・〇一%だったと持ち上げておいて、「ここでは違った。ポルトガル人たちはその統治期間において、文化的生活を無視した」[2]。同じヨーロッパ人としての身近な意識を持って、こき下ろすところから、ドイツ系の代表的コロニア史の学校に関する節は語り始められる。
 最初の組織的移住先は、一八一八年のバイーア州だったが失敗に終わった。その後、一八二四年に三十七人のドイツ人がサン・レオポルド植民地に入植し、成功したことから、南部二州を中心に、独自の閉鎖的な植民地が次々と形成された。
 [1]によれば、一八五〇年には、RG州にドイツ系カトリック校十校、プロテスタント系十四校があった。ドイツ移民にとって、どちらの宗派に属そうが「教会はそれぞれの共同体の核であり、教区学校は次世代に信仰と文化を伝える中枢機関であった」(『近代ヨーロッパの探求@移民』[4])ことは間違いない。
 これらは植民者自身が作った学校で、「州政府がやったことは、ほんの少しだった」[1]と記述する。
 当時の首都リオデジャネイロのブラガンサ王朝からすれば、なにかと紛争の多い、アルゼンチンとの国境にある南部二州は、面倒な無人の僻地だった。だから屯田兵制度でドイツ人を入植させた。
 パラグアイ戦争中の一八六五年頃に、傭兵や義勇兵として多くのドイツ人が従軍した。にも関わらず、第二次大戦までの長い間、ブラジル社会からは「ドイツ系はブラジルを祖国と思ってないから、戦争になっても戦わない」と常にいわれ続けた。
 各植民地に公立校を作ることは植民契約には謳われているが、実行にはうつされず、いわば公教育から見捨てられた土地だった。植民者自らが学校を作らざるをえず、その結果、自然と祖国を模倣した教育が行われた。多くの植民地では学校≠ニ道路≠ェ最も欲されたものだった。
 一八七五年のRS州には二百五十二校の公立校があったが、「そのうち八十五校は教師不足のために活動できなかった」[1]とある。
 『O perigo alemao(危険なドイツ人)』(Rene Gerts[3])には、十九世紀終わりから一次大戦にかけての四十年間、Perigo Alemao≠ニいうキャンペーンが体制側から行われていた様子が説明されている。
 というのも、当時のヨーロッパでは、一八七一年に成立した第二ドイツ帝国が勢力を拡大しており、英・米・仏マスコミがドイツの脅威を訴えるキャンペーンを繰り返しており、それに影響されたようだ。
 「いつドイツがブラジルに領土を広げるか分からない。その時、アレモンたちはドイツ側にたって戦うに違いない」。そう考える地方ボスは多かったようだ。
 一次大戦でドイツが敗戦した一九一八年、RS州地方紙は「我々はサンタカタリーナ州とRS州を獲得した(手放さずにすんだ)」[3]と報じた。
(深沢正雪記者)


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