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■再浮上する日伯学園構想(7)−第一部 日伯学園をめぐる戦後移民史7−立上がる日文連−邦字紙も意見二分

1月23日(水)

 文協による学園構想停滞の雰囲気を打ち破ったのが、"ドンキホーテ"のように孤軍奮闘した日伯文化連盟(以下、日文連。アリアンサ)だった。
 一九七八年十月、日文連(岡本淳会長、マッキンゼ大学教授)は独自にシンポジウム「日本語と日本文化の伝承」を開催し、日伯学院(当時は学"院"だった)の必要性を討議した。
 同シンポジウムの報告書『明日へ取組む』には、第三部会の総括として「日伯学院(仮称)を設立し、現在の日本語学校を傘下に収め合法的経営を促進しなければならない」とある。
 すぐに委員会が設けられ、一年半の検討を経て、八一年三月二十六日の同連盟理事会で、正式に構想案が提示された。
 予算規模は七億四千二百六十クルゼイロで、聖市郊外の二十キロ以内に十アルケールの敷地を購入し、幼稚園から高校まで千五百人の児童生徒を擁する学院建設構想だった。日本語を第一外国語の正課とし、情操教育や全人教育を重視する全寮制の本格的な計画だ。
 当時は日本語ブームともいうべき時代で、年間一千人以上の生徒が日本語講座に通っており、日文連の全盛期だった。
 そのブームの背景を、当時、事務局長だった花田ルイスさんは「戦後育った二世が就職して中産階級に定着しはじめた時期で、日系人に対する印象が良くなっていた。また、日本も高度経済成長をとげて、その急発展振りにブラジルでも大きな関心がもたれていて、それらがあいまって日本語熱が高まっていた」と分析する。
 いくら全盛期の日文連でも、莫大な予算であり、当初から日本側の協力は不可欠とされた。が、日本から大型寄付を受けるには"コロニアの総意"が必要とされる。そこで、日系社会の代表機関とされる文協に協力を仰いだ。
 ところが、文協(当時、相場真一会長)は役員会で検討した結果「共同事業にすることは、現段階では困難」と回答し、日文連を落胆させた。
 文協は、深刻な後継者問題に対処するため、「総合スポーツセンター構想」を打ち出したばかりだった。というのも、すでに地方の文協にはスポーツ施設を中心に、二世層を会活動に引き込み、後継者問題を解決しているところがあった。その大型版の企画として、八一年二月に準備委員会が発足したばかりだった。
 「スポーツセンターが一段落つくまで、五、六年待てないか」という感触であったという。
 援協は「救急病院構想」を出したばかりの頃で、日伯学院構想は第三の大型構想として、大きな話題を振りまいたが、その矢先に出鼻をくじかれた格好になった。
 邦字紙は連日のように、この問題を取り上げた。八一年三月二十五日付パウリスタ新聞は「日伯学院建設を支持する」とした社説を掲げた。
 「現在のコロニアには、未来展望が欠落している。(中略)今、この時を失するならば、移民として果たすべき義務を永遠に放棄することになってしまう。極端な書き方をすれば、スポーツ・センター、病院はいつでもできる。
 今、必要なことは五十年、百年という長期的視野に立っての未来展望であり、子弟教育、人づくりこそが最優先されるべき課題であると信ずる。
 我々の先輩であるドイツ移民、フランス、イタリア、アメリカなどのコロニアも、子弟たちのために立派な学校を残している。そして、これらの学校は、いずれもサンパウロの名門校として有為な人材をブラジル社会に送り出している。
 社会的貢献というのは本来的には、こうした姿をいうことだと思う。(中略)敢えて最後という文字を使えば子弟に学校を残すことこそが、一世移民の最後の仕事といえる」と強い論調で必要性を訴えている。
 これに対して、サンパウロ新聞は「優先課題ではない」とする反対の論陣を張っていた。八一年五月二十一日の社説「日文連のやらねばならぬこと・・・『日伯学院』建設構想の前に」の結語にはこうある。
 「文協が難色を示しているのは、文協としては二世との結びつきの拠点となるスポーツセンター建設がすでに始動している折柄。とてもそっちまで手がまわらないというのが現実の姿である。こうした現実に目を覆うた構想を実現させるのはムリといわざるを得ない。その前に待遇改善問題など、やらねばならぬことが日文連にはあると思うが---」
 どちらも当時の世情を汲んだものであろうが、邦字紙も真っ二つでは、建設に向けた世論形成の役には立たなかった状況のようだ。
 今回も、優先順位の問題で、別案に軍配が上がった。(深沢正雪記者)


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